2008年05月24日
久々の、山崎の雑学です☆
いつか、ご紹介しようと思っていたトンネル系の雑学です。
あたしは、いつも必ず、山崎蒸溜所へ行ったら必ず立ち寄る、御食事処があります☆
だいぶ前に書いたかもしれませんが、老舗のうどん屋さんです!
蒸溜所と同様に、こちらの大将と女将さんには、いつもお世話になっております(^-^)
(蒸溜所のお姉さまや、山崎スタッフの方もけっこう来られるんですよ♪)
あたぃは、あの天麩羅屋さんより、こっちのうどん屋さんの派閥なので(!)、
皆さんは、意外とこのオシャレなトンネルを知らないのでは?ないかと思います。

レンガ造りのアーチが美しく、そしてレンガはポットスチルの台座を思わせます♪
天麩羅屋さん近くの秘密な地下道は、このウスケバ内では「呑んだくれ小道」と命名なされていますので、
この、あたしがご紹介したトンネルは誰も、記事にしていないはずなので、あたしの名前をつけます(^0^)/
(一応、老舗うどん屋さんの大将に尋ねたのですが、トンネルには名前がないとの事です。)
そこで、Le tunnel de mademoiselle Miyuki(ル テュネル ドゥ マドモワゼル ミユキ)☆。
「みゆきちゃんトンネル」と命名致しますo(^-^)o 皆さま、よろしくですぅ~☆

これがトンネルへ続く道です。右手に写っています白い建物が、老舗のうどん屋さんです☆
このうどん屋さん、とっても美味しいし、歴史ある御食事処だし、大将や女将さん達の人柄もいいんですよ♪
ぜひ、ぜひ、お立ち寄りくださいませo(^-^)o
ここでも、あたぃは「みゆき」さん好きで有名です(笑)
あたしは、いつも必ず、山崎蒸溜所へ行ったら必ず立ち寄る、御食事処があります☆
だいぶ前に書いたかもしれませんが、老舗のうどん屋さんです!
蒸溜所と同様に、こちらの大将と女将さんには、いつもお世話になっております(^-^)
(蒸溜所のお姉さまや、山崎スタッフの方もけっこう来られるんですよ♪)
あたぃは、あの天麩羅屋さんより、こっちのうどん屋さんの派閥なので(!)、
皆さんは、意外とこのオシャレなトンネルを知らないのでは?ないかと思います。
レンガ造りのアーチが美しく、そしてレンガはポットスチルの台座を思わせます♪
天麩羅屋さん近くの秘密な地下道は、このウスケバ内では「呑んだくれ小道」と命名なされていますので、
この、あたしがご紹介したトンネルは誰も、記事にしていないはずなので、あたしの名前をつけます(^0^)/
(一応、老舗うどん屋さんの大将に尋ねたのですが、トンネルには名前がないとの事です。)
そこで、Le tunnel de mademoiselle Miyuki(ル テュネル ドゥ マドモワゼル ミユキ)☆。
「みゆきちゃんトンネル」と命名致しますo(^-^)o 皆さま、よろしくですぅ~☆
これがトンネルへ続く道です。右手に写っています白い建物が、老舗のうどん屋さんです☆
このうどん屋さん、とっても美味しいし、歴史ある御食事処だし、大将や女将さん達の人柄もいいんですよ♪
ぜひ、ぜひ、お立ち寄りくださいませo(^-^)o
ここでも、あたぃは「みゆき」さん好きで有名です(笑)
@
06:18
・Commentz(2)
2008年05月16日
夢みた。。。バーテンダー。
私のお酒の、飲み暦はだいたいバレていますよね(笑)
まぁ、だいぶ前にも書いたかも知れませんが、幼少からビールに始まり、
小中学では、日本酒も飲み初めて(時効ですよね)、そこからどんどん色々と
飲む歴史が始まったのです。(オシャレにいえばテイスティングということで笑)
高校の頃はチューハイとか飲んでましたね。缶で買うときは必ずレモンでした。
なぜならレモンだけ他の缶チューハイより1~2%アルコール度数が高いのです♪
そして、そんな感じで私の飲み歴史は、定義で云うと次々とハイプルーフを求めて飲んでいったのです。
アプサントやスピリタス、レモンハートもしくはバカルディの75%を飲む暦の前に、
ようは、20代前半ですね。 そこで飲み始めた、というかみせられたのがカクテルでした。
きっかけは、どこかの居酒屋へ行った時に、「ちゃんと作ったカクテル」が出てきたのです。
業務用の現役を希釈してつくるものじゃなくて、バーのようにボトルからレシピに従って作られた
カクテルです。たぶん、その時に飲んだのは、名前だけは有名だから知っていた「スクリュードライバー」や
「ソルティドッグ」などでした。
この年代は、「カクテル」というものが、ほとんど大衆には飲まれていなかったと思う時代でした。
どこの居酒屋も、あるのはチューハイばっかでしたし、缶カクテルなんかもなかったです。
そして、そのとある居酒屋で「カクテル」に興味をもち、いろんなお話を渡しにしてくださいました。
一番、覚えてるのが「スクリュードライバーやカルーアミルクは別名『レディ・キラー』っていうんやで~」
「なんでかってゆうたらな、カクテルは口当たりが良くて飲みやすいから、女性が沢山飲んじゃうと、
後から、酔うてきてイチコロになるんやで笑 気をつけなアカンでぇ~笑」
ってお話でした。
この当時、あたし達の抱く「バー」や「カクテル」は高級で紳士淑女の飲むもの、行く場所。
ってイメージを同世代の周りの人らは持っていました。
だからバーになんて行ったこともなかったし、行けるとも思いませんでした。
それが、このとあるどっかの居酒屋でバー体験をしたのです。
そっから、私はまず、カクテルについて本屋へ行き、沢山本を買いました。
そこでスピリッツやリキュールなどの言葉や意味、歴史を学び、更に詳しく研究しだしました。
とても魅せられました!
世界中には、こんなに無限とも云える様々なお酒があるんだなぁって感動しました。
そして、「貧乏やし行ける柄でもないから、バーには行けないのなら、自分の家でバー(真似事)したらええやん」
と思い、各スピリッツやリキュール類のボトルを少しずつ自宅の部屋に揃えてゆきました。
もちろん、安いボトルしか買えませんから。最初はたぶんスピリッツは、スミノフ、クエルボ、タンカレー、バカルディで、
リキュールはルジェ・カシスやカルーア、コアントロー、クレームドバナナ、ブルーキュラソーとかだったかな。
カクテルの本を見ては写真に美しさを感じ、レシピ通りに作って自分で飲んだり、家族に飲んでもらったりして
楽しんでいました。
話は中略して、なぜバーテンダーに憧れたのかと云いますと、
その年代に、「何か、カクテルとかバーに関するマンガでもあったら面白いのになぁ」って思い
見つけたのが集英社から出てる「バーテンダー」というコミックでした。
もちろん、すぐに買って読みました。
バーでのストーリーと、それに合わせて描かれるカクテルや雑学など、感動しまくって泣きました。
「バーテンダー」って人を癒す、責任のある素晴らしい職業なんだなって思いました。
「教会や病院で話しても、ラクになれず死ぬ前に最後に行くのがバーで、バーテンダーは心の医師でもある」みたいな
のとか、沢山、感動する話がつまったコミックです。これは新刊がでるたびに、ささやかなお小遣いの使い道として
買っています。この五百円位で、私の心が少しでもラクになるから。
「バーテンダー」は、お客様の心を無言で読み取り、そして、お客様に望ましいカクテルを作りもします。
たかが一杯、されど一杯です。この一つのグラスには、レシピや技術とか以上に「心」がこもっていて、
その「心」をも込められた一杯で、死ぬ気でいた人間は癒され、そして自然とまた歩き出すのです。
そんな風に、私自身もお酒に救われた者として、同じように苦しんでいる人がいれば、私ホの心を込めた
一杯のカクテルをお出しして、癒されて頂きたい。バーの扉を出て、また歩き出してほしい。
そう憧れたのです。
しかし、憧れ、夢、目標、現実、、、。世の中は複雑に交錯していますね。
自分がバーテンダーになることを「諦めた」「無理だ」としても、違う線路を前に走るのならそれでも
いいんじゃないかなって思います。
バーテンダーに就けなくても、お酒が嫌いになる訳じゃあるまいし。飲み人として生き、飲むのは楽しいし。
それをある人は「逃げ」と呼べばいいし。ある人は「転轍」と思ってくれればいいし。
どういわれようと、あたしはあたし。あたしの生きたいと思うように生きたい。
人生は「選択の連続」って二十歳の時に、とあるバイト先の先輩に云われた事を今でも覚えています。
とにかく、私は、今、上記のような事々を述べてるような生活環境ではありません。。。
ほんとに生きるか死ぬかな感じです。生きたくても生きれない人だってこの世にはあります。
体力的にも精神的にも、病気的にも、経済的にも、将来的にも。
お金って、9割強の幸せを買えるよなって思える此の頃(特に今日この頃)です。
追伸:あたしの飲み歴史は、カクテルの後に、アプサント、モルト(カスクストレングス系)、とハマっていきました☆
まぁ、だいぶ前にも書いたかも知れませんが、幼少からビールに始まり、
小中学では、日本酒も飲み初めて(時効ですよね)、そこからどんどん色々と
飲む歴史が始まったのです。(オシャレにいえばテイスティングということで笑)
高校の頃はチューハイとか飲んでましたね。缶で買うときは必ずレモンでした。
なぜならレモンだけ他の缶チューハイより1~2%アルコール度数が高いのです♪
そして、そんな感じで私の飲み歴史は、定義で云うと次々とハイプルーフを求めて飲んでいったのです。
アプサントやスピリタス、レモンハートもしくはバカルディの75%を飲む暦の前に、
ようは、20代前半ですね。 そこで飲み始めた、というかみせられたのがカクテルでした。
きっかけは、どこかの居酒屋へ行った時に、「ちゃんと作ったカクテル」が出てきたのです。
業務用の現役を希釈してつくるものじゃなくて、バーのようにボトルからレシピに従って作られた
カクテルです。たぶん、その時に飲んだのは、名前だけは有名だから知っていた「スクリュードライバー」や
「ソルティドッグ」などでした。
この年代は、「カクテル」というものが、ほとんど大衆には飲まれていなかったと思う時代でした。
どこの居酒屋も、あるのはチューハイばっかでしたし、缶カクテルなんかもなかったです。
そして、そのとある居酒屋で「カクテル」に興味をもち、いろんなお話を渡しにしてくださいました。
一番、覚えてるのが「スクリュードライバーやカルーアミルクは別名『レディ・キラー』っていうんやで~」
「なんでかってゆうたらな、カクテルは口当たりが良くて飲みやすいから、女性が沢山飲んじゃうと、
後から、酔うてきてイチコロになるんやで笑 気をつけなアカンでぇ~笑」
ってお話でした。
この当時、あたし達の抱く「バー」や「カクテル」は高級で紳士淑女の飲むもの、行く場所。
ってイメージを同世代の周りの人らは持っていました。
だからバーになんて行ったこともなかったし、行けるとも思いませんでした。
それが、このとあるどっかの居酒屋でバー体験をしたのです。
そっから、私はまず、カクテルについて本屋へ行き、沢山本を買いました。
そこでスピリッツやリキュールなどの言葉や意味、歴史を学び、更に詳しく研究しだしました。
とても魅せられました!
世界中には、こんなに無限とも云える様々なお酒があるんだなぁって感動しました。
そして、「貧乏やし行ける柄でもないから、バーには行けないのなら、自分の家でバー(真似事)したらええやん」
と思い、各スピリッツやリキュール類のボトルを少しずつ自宅の部屋に揃えてゆきました。
もちろん、安いボトルしか買えませんから。最初はたぶんスピリッツは、スミノフ、クエルボ、タンカレー、バカルディで、
リキュールはルジェ・カシスやカルーア、コアントロー、クレームドバナナ、ブルーキュラソーとかだったかな。
カクテルの本を見ては写真に美しさを感じ、レシピ通りに作って自分で飲んだり、家族に飲んでもらったりして
楽しんでいました。
話は中略して、なぜバーテンダーに憧れたのかと云いますと、
その年代に、「何か、カクテルとかバーに関するマンガでもあったら面白いのになぁ」って思い
見つけたのが集英社から出てる「バーテンダー」というコミックでした。
もちろん、すぐに買って読みました。
バーでのストーリーと、それに合わせて描かれるカクテルや雑学など、感動しまくって泣きました。
「バーテンダー」って人を癒す、責任のある素晴らしい職業なんだなって思いました。
「教会や病院で話しても、ラクになれず死ぬ前に最後に行くのがバーで、バーテンダーは心の医師でもある」みたいな
のとか、沢山、感動する話がつまったコミックです。これは新刊がでるたびに、ささやかなお小遣いの使い道として
買っています。この五百円位で、私の心が少しでもラクになるから。
「バーテンダー」は、お客様の心を無言で読み取り、そして、お客様に望ましいカクテルを作りもします。
たかが一杯、されど一杯です。この一つのグラスには、レシピや技術とか以上に「心」がこもっていて、
その「心」をも込められた一杯で、死ぬ気でいた人間は癒され、そして自然とまた歩き出すのです。
そんな風に、私自身もお酒に救われた者として、同じように苦しんでいる人がいれば、私ホの心を込めた
一杯のカクテルをお出しして、癒されて頂きたい。バーの扉を出て、また歩き出してほしい。
そう憧れたのです。
しかし、憧れ、夢、目標、現実、、、。世の中は複雑に交錯していますね。
自分がバーテンダーになることを「諦めた」「無理だ」としても、違う線路を前に走るのならそれでも
いいんじゃないかなって思います。
バーテンダーに就けなくても、お酒が嫌いになる訳じゃあるまいし。飲み人として生き、飲むのは楽しいし。
それをある人は「逃げ」と呼べばいいし。ある人は「転轍」と思ってくれればいいし。
どういわれようと、あたしはあたし。あたしの生きたいと思うように生きたい。
人生は「選択の連続」って二十歳の時に、とあるバイト先の先輩に云われた事を今でも覚えています。
とにかく、私は、今、上記のような事々を述べてるような生活環境ではありません。。。
ほんとに生きるか死ぬかな感じです。生きたくても生きれない人だってこの世にはあります。
体力的にも精神的にも、病気的にも、経済的にも、将来的にも。
お金って、9割強の幸せを買えるよなって思える此の頃(特に今日この頃)です。
追伸:あたしの飲み歴史は、カクテルの後に、アプサント、モルト(カスクストレングス系)、とハマっていきました☆
2008年05月15日
生命の水。 Barへ行きたい。お酒が飲みたい。
お酒に関係ないことばかりかいてしまって、ゴメンなさい(>_<)
今回はお酒の事を沢山かきます!
初回にお伝えした通りで、まさに今もなんとか「生きている」のが、
「音楽」と「お酒」の二大柱のおかげなんです♪
お酒に関しては、幼い時から飲んでおり(実際には、親や親戚らが私に飲ませて、彼らは楽しんでたんですよ。)
そして、私も幼い頃から「お酒」の美味しさに魅せられて現在にいたっております。
私の歴史は中略して・・・(笑)
死にたいと思った時に飲む、いつものお酒がとっても美味しく感じることが多いんです。
(自棄酒ではないですよ。「どうせ死ぬのなら、好きなお酒を死んでから~」って想いです。)
こんな時、本当に感動します(T_T)
お酒って、ほんとうに『生命の水』なんだなぁって思うんです。
言葉では表現のしようがない、心から『幸せ』ぇ~って感動するんです。
(錬金術師さま達の技術と化学と奇跡の賜物ですよね。不老長寿とはいかないかもですがw)
学校を卒業して、社会に出てから、一番キツく憂鬱だった時に、魅せられたのがアプサントでした。
(確か、フランスの正式な発音はアブサンではなく、アプサントだったと思います)
緑の妖精ですよね☆ ハイプルーフだし、アルコールとは違う『酔い』が私を虜にしました♪
WHOでも禁止されたことのある、伝説のお酒♪ 芸術家も愛したお酒♪ だけど・・・
(これも密造酒が多かったんです、ウイスキーと違う意味で似ていますね)
だけど、そうなんです。簡単に云うならば「麻薬のお酒」なんですよね(^-^;)
かのゴッホ氏も、これを飲み過ぎて自殺したとかの噂か諸説がつけられたほどのお酒。
本当に美味しいです。『幸せ』ぇ~って思いました。
その次に「どうせ死ぬのなら・・・」と思って、買って飲んでみたのが、Ardbeg TENなんです。
これが初モルトでした。 初恋の味「アードベッグ」です♪
これも本当に、言い表わしようのない『幸福感』が全身に穏やかな夜の波のように染み渡っていきました。
叱ることもなく、慰めるようなこともせず、そっと優しく私に寄り添ってくれているかのような抱擁感です。
「そんなに頑張らなくてもいいんだよ、あなたはあなたのままでいいんだよ、ただ一緒にいようね」って感じでした。
ここでまたも、涙の後に誰から云われるともなく、もう少し生きよう、生きれるだけ「生きよう」と思いました。
(雑学ですが、山崎蒸溜所に展示されている4本のソサエティのボトルには薄いグレーで
『生命の水』とバックプリントされています)
そして次に、音楽に関しては、特にみゆきさんの音楽ですね♪
全ての唄が優しいのです、本当に涙があふれ出て止まらないんです(T_T)
感動の内容は、上記のお酒の『感動』と似ている部分があるので、少し割愛ぎみに書きます。
なので、「紅灯の海」や「二隻の舟」を聴きながら、飲んだArdbegは極みの『幸せ』感でした(T_T)
そして去年のコンサートで聴いた時は、みんながひとつになって号泣しました。
みゆきさんの一番のテーマが、そして仰った言葉が「同じ時代に生まれてくれてありがとう」
そして、みゆきさんが唄った「誕生」は、もうハンカチーフじゃたらないくらい涙がでました。
余韻は、会場を出ても続き、電車内でも泣いていましたし、家に着いても涙が止まりませんでした。
「生きよう」って思いました。
そのライヴアルバムCDとDVDが6月11日に出ます。→コチラとコチラ
どちらも収録曲が異なるので、ファンは両方を買っちゃうしかない(笑)♪
なんとか生きたいとは思うので、今、役場等に赴き色々と助けて貰える制度の相談をしています。
働けない代わりに、そうゆうのでも体力は使いますしお金もかかりますし、とても私は疲れます。
皆さんに怒られてもそれが、私の今現在の生きてゆくための「精一杯の努力」です。
今回はお酒の事を沢山かきます!
初回にお伝えした通りで、まさに今もなんとか「生きている」のが、
「音楽」と「お酒」の二大柱のおかげなんです♪
お酒に関しては、幼い時から飲んでおり(実際には、親や親戚らが私に飲ませて、彼らは楽しんでたんですよ。)
そして、私も幼い頃から「お酒」の美味しさに魅せられて現在にいたっております。
私の歴史は中略して・・・(笑)
死にたいと思った時に飲む、いつものお酒がとっても美味しく感じることが多いんです。
(自棄酒ではないですよ。「どうせ死ぬのなら、好きなお酒を死んでから~」って想いです。)
こんな時、本当に感動します(T_T)
お酒って、ほんとうに『生命の水』なんだなぁって思うんです。
言葉では表現のしようがない、心から『幸せ』ぇ~って感動するんです。
(錬金術師さま達の技術と化学と奇跡の賜物ですよね。不老長寿とはいかないかもですがw)
学校を卒業して、社会に出てから、一番キツく憂鬱だった時に、魅せられたのがアプサントでした。
(確か、フランスの正式な発音はアブサンではなく、アプサントだったと思います)
緑の妖精ですよね☆ ハイプルーフだし、アルコールとは違う『酔い』が私を虜にしました♪
WHOでも禁止されたことのある、伝説のお酒♪ 芸術家も愛したお酒♪ だけど・・・
(これも密造酒が多かったんです、ウイスキーと違う意味で似ていますね)
だけど、そうなんです。簡単に云うならば「麻薬のお酒」なんですよね(^-^;)
かのゴッホ氏も、これを飲み過ぎて自殺したとかの噂か諸説がつけられたほどのお酒。
本当に美味しいです。『幸せ』ぇ~って思いました。
その次に「どうせ死ぬのなら・・・」と思って、買って飲んでみたのが、Ardbeg TENなんです。
これが初モルトでした。 初恋の味「アードベッグ」です♪
これも本当に、言い表わしようのない『幸福感』が全身に穏やかな夜の波のように染み渡っていきました。
叱ることもなく、慰めるようなこともせず、そっと優しく私に寄り添ってくれているかのような抱擁感です。
「そんなに頑張らなくてもいいんだよ、あなたはあなたのままでいいんだよ、ただ一緒にいようね」って感じでした。
ここでまたも、涙の後に誰から云われるともなく、もう少し生きよう、生きれるだけ「生きよう」と思いました。
(雑学ですが、山崎蒸溜所に展示されている4本のソサエティのボトルには薄いグレーで
『生命の水』とバックプリントされています)
そして次に、音楽に関しては、特にみゆきさんの音楽ですね♪
全ての唄が優しいのです、本当に涙があふれ出て止まらないんです(T_T)
感動の内容は、上記のお酒の『感動』と似ている部分があるので、少し割愛ぎみに書きます。
なので、「紅灯の海」や「二隻の舟」を聴きながら、飲んだArdbegは極みの『幸せ』感でした(T_T)
そして去年のコンサートで聴いた時は、みんながひとつになって号泣しました。
みゆきさんの一番のテーマが、そして仰った言葉が「同じ時代に生まれてくれてありがとう」
そして、みゆきさんが唄った「誕生」は、もうハンカチーフじゃたらないくらい涙がでました。
余韻は、会場を出ても続き、電車内でも泣いていましたし、家に着いても涙が止まりませんでした。
「生きよう」って思いました。
そのライヴアルバムCDとDVDが6月11日に出ます。→コチラとコチラ
どちらも収録曲が異なるので、ファンは両方を買っちゃうしかない(笑)♪
なんとか生きたいとは思うので、今、役場等に赴き色々と助けて貰える制度の相談をしています。
働けない代わりに、そうゆうのでも体力は使いますしお金もかかりますし、とても私は疲れます。
皆さんに怒られてもそれが、私の今現在の生きてゆくための「精一杯の努力」です。





